【雑記】データ化の社会においても、長く残るのは紙なのかもしれない

 人が生きるという現象そのものの目的は、「生物であるが故の“種の持続”」に留まるというのが客観的結論ではありますが(逆に主観的結論は「自分でつくるもの」です)、とはいえ自分の死後のことが全く気にならないかというとそういうわけでもない。そんなところから派生する思考。

※ブレダン実録に関しての注意点:通常の記事とは違い「誰かに発信すること」「何かを主張することを目的とした文章ではありません。あくまで自然発生的な思考の一例として見てください。また、ターゲットを持たない思考そのままの文章であるため「文章の内容の本質が伝わる可能性」も担保していません。分かりにくくても当然でありかつ、分からないものに触れてみるのも一興とした企画です。

ブレインダンピングについては下記の記事で述べています。

雑記:ブレインダンピング~思考を言語化することの重要性~


データ化の利便性と持続不可能性
 インターネットやクラウドサービスなどの普及に従い、あらゆる文章情報の「データ化」が進んでいる。紙で保存していると劣化や紛失の危険性があるし、データで保持しておくと簡単に共有できるなどのメリットもあるのでこの流れ自体は必然である。

 しかし、ブログでの執筆をつづけていると、たまにふと思うことはある。「自分が死んだ後も残るのは、データではなく紙のほうだ」と。

 例えばアメーバ等のブログサービスを利用している場合は、該当のサービス自体が終了した場合は全データが消滅する。この点に関してはワードプレスでのブログ活動を薦める発信者がよくデメリットとして取り上げる内容なので周知のことだと思う。逆にこの場合、本人が死去したから即座に消滅するというリスクは低いと言える。

 一方、もう1つの選択肢であるワードプレスの場合、サーバー維持等の支払いを契約者が続ける限りは決して(永遠とは言わないが)強制的に終了することは無い。しかし逆に言うと、契約者が死去してクレジットカードや銀行口座が凍結された場合、次の更新を以てサーバーごと、つまりブログサイトそのものが消失してしまうリスクを抱えることになる。

 いずれにせよ、個人がインターネット上で発信を行う場合、その情報が永続的に価値のあるもの(当ブログの内容は決してそういったものではないが)であったとしても、それが残り続ける保証はどこにもないということである。

 あるいは、後世に直接役立つ知識ではなくても、個人の書いた文章(それこそ日記とか)が歴史研究の史料となることは普通にあり得るわけだが、この2022年が「歴史」となる局面においてはそうしたウェブサイトのほとんどは消滅しているかもしれない。

 

歴史的に残る“紙媒体”
 そう考えたとき、「残るのは結局紙なのかもしれない」と思うわけである。インターネット上のデータがサーバーという概念に生殺与奪の権を握られている以上、その存続可能性は超長期的に見れば絶望的に低い。一方、例えば日本の戦国時代などの歴史研究で一級史料とされるものの多くは日記や書状(お手紙)なのである。数百年の時を経てなお、紙媒体はその一部が残されているのである(木簡や竹簡なら数千年残っているが流石に現代でそれを使うのは無理だろう)。

 もちろん、そうした媒体の多くは死去した本人の関係者が代々残しているという側面はある。しかし現代は個人主義社会であるため、本人が残したウェブサイトなどを家族が把握している可能性はそんなに高くない。あるいはオフィシャルな物であれば別であるが。

 さらに、残された紙媒体の中には、敢えて保管されていたのではなく偶然残っていたパターンも決して珍しいものではない。極端なものだと家屋の構成物として、つまり「ただの紙」として使用されていた史料が出てくる場合もある。

 もちろん、これらはあくまでレアケースであり、大抵のものは何らかの形で廃棄されたり消失したりするというのは確かである。ただし、個人がブログサービスやサーバー契約などを行って維持していた媒体が残る可能性の低さと比べれば、まだまだマシな方なのかも、と思わざるを得ない。

 Googleの検索においても、更新日時が一定以上古いページはヒットしなくなるという傾向があるらしいので、猶更そうした現実に拍車はかかる。誰かが間違いなく覚えていなければ、そのページはネットの海の中に埋もれていくだけなのである。あるいは未来においてはそういう埋もれたデータを発掘してまででも行いたい研究が生まれるのかもしれないが。

 「何でもデータやネットで便利だけど、何もかもがいつかは消える時代」が現代なのか。それは、人が頭の中で繰り広げただけの想像の産物を墓まで持っていくことと何の違いがあるだろうか? そう思うと、人類総主人公時代/人類総MOB時代の傾向のもう1つの側面を新たに垣間見たような気がする。


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