会議ログ:蝦夷から長州、そして毛利への雑談

 前回に続きディスコード会議ログの続き。今回はちょっと雑談度が高く短めのお話。

そういえば、明治時代以降に階位を追贈された人物のうち、
最初の戦国武将が武田信広らしいから面白い。
松前藩主の先祖(蠣崎氏→松前氏)
コシャマインの乱を鎮圧した人だね。

そうなの? 知らなかった。

もう完全に蝦夷対策を意識してるんだろうなって。
※明治時代に推し進められた北海道開拓とかのこと。

他にも長州閥の影響によって
毛利元就一族の位階が上昇したりしてて
(追贈自体は元々されていた)色々面白い。

長州閥って今でも異常だもんね・・・

現代も普通に子孫が内閣の閣僚として生き残ってるの
令和は明治の延長線上ってわかる。

萩に大量の公的資金投入して施設作るくらいには
祖霊崇拝のようなものがある。

元は広島から押し込められたような形だったのにね。

長州閥と薩摩閥は今でも感じるときがある。

毛利って良くも悪くも豪族の連合体ってところからスタートしたから
仲間割れしたりダメなことやったりしながらも
メンバーの生存力は高いのかもね。

なるほどねえ。

あれ稀有だからね。
三千貫かそこらの国人領主スタートで
何か国も領有した戦国大名。

へー。

織田家でいうところの佐久間とかああいうポジションに
近いといえば近いのかなー。大内からするともっと外様だけど。

でもやっぱり違う。
国人衆の筆頭みたいな立ち位置って有名どころと比べづらい
あるいはポジションとしては今川に対する松平とか。
とりあえず江戸時代基準だと大名にすらなれてなさそうな数値。

戦略的には優れてそうだよね毛利氏。

他家に服属してる豪族クラスが、
中国地方のほとんどを抑えるまで成長したんだからまあ強いよね。

ほんまな。

でもそんな家でも、井上元兼の誅殺とかやらないと
権力保持できなかったんだから難しい。
まあ嫡流が早死にしちゃったのが原因だけど。

なるほどねえ。

でもかりに甥の幸松丸が成長しても
また問題起きたんじゃないかな、元就の後見について。


※元就は兄の興元が早死にしたため、興元の息子の後見をしていた。
しかしその息子が幼くして病死したため、お家騒動の後に家督を継いだ。

そう考えると、うまいことやったように見える。

まあね。例えば実権を返さなかった例として
今川の、ほら北条早雲が絡んだ事件。あれがそうだからね。

のちの今川氏親が成長したら実権返すよって約束で
小鹿範満が一時的に当主やってたら返さないから
ちょっとそれ約束違反ですよーって。

よく聞く話だけどねそれ。

まあ時代が同じパターンでそういう失敗例があるから、
うまく乗り越えた例だと思う、ホント。

なるほどねえ。

 とまあ、これで一連のお話は終わった模様。ディスコード会議なんでほんと自由なんです。特に話題を固定した会議ではないため、一区切りの会話ですらこうやって話題が目まぐるしく変わったりするのは、雑談ならではというところでしょうか。

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▲毛利元就といえばやっぱり、大河ドラマ小説のコレってところはありますね。