随筆:音楽とかいふもの

 ここ数年は新しい音楽を仕入れることもめったになくなってしまったが、それでも気が向いた時には気が向いた音楽を流したり、あるいはPCに入っている音楽を完全ランダムで再生したりしている。

 嗜む音楽は割と雑食で、メジャーなJ-POPからインディーズのロック、洋楽のロック&フォークや昭和の歌謡曲から現代のボカロ、ニコニコ系の曲までおおむね歌つきの音楽は割かし何でも聴くほうである。強いて言えばアイドル系の曲や「いかにもなアニソン」には興味を持たないが、それでも音楽性の高い物であれば特に偏見などなく吸収する方だ(アイドルでいうと一時期のキンキキッズとか、アニソンでいうと水樹奈々とか)。ただしやっぱりこれらはそもそも「知る機会」が少ないので、他人の影響があればこそ存在を認知するようなものである。

 「歌つき」の例外としては、イトケンとか浜渦さんとかあの辺のゲーム音楽はすごく好きだから、珍しくインストで音源を持っている。

 小学生のころ住んでいたマンションではUSENが導入されていたので、そこで数多のポップスを日常的に聴くことができ、音楽というものが生活になくてはならないものである、という感性の土台になった気がする。さらに懐メロという概念を身近なものとして受け入れるようになる素地にもなった。


 集めた音源の数も今思えば膨大。小学生のころには親戚の人に音源をコピーしてもらったりする程度だったが、中高生のころからはTSUTAYAで音源を借りて収集することをはじめた。そして大学生になると毎週のように、それこそ2年ほどは常に2週間に10枚のペースでいろいろな音源を聴き漁った。今となってはCD-Rやパソコンのデータとして残っていない音源はすべて破棄されてしまったが、それでもPCに取り込んだデータだけで画像くらいの量が残っている。

 ただし残念ながらクラシックに関しては、そもそも家で聴くための音源を手に入れるという発想を持たないまま生きてきたので、音楽の授業で聴いた曲に一部インパクトを感じたりしていた程度であった。あと私はどちらかというと、オーケストラのように迫力のある音楽よりも、ピアノソロや弦楽四重奏のような1つ1つの音をかみしめる音楽の方が好みであったのもある。もっとも、最近になって銀河英雄伝説のアニメを見ることがあり、そのバックで流れるクラシックには非常に好感を持てているが。

 

 初めて自分の小遣いで買ったCDは確か、ゆずの『ゆずえん』だった。小さい頃は(当たり前だが)テレビの影響が大きくミーハーな好みの音楽を主としていたところがある。ゆず以外にもMr.ChildrenとかGLAYとかポルノグラフィティとかBUMP OF CHUCKENとかEvery Little ThingとかMy Little Loverとか、売れ線の中から自分の好きな音楽を見出していく。当時としてはごくありふれた音楽の聴き方だった。

 それが大学時代になると友人の影響もあり、インディーズという未知の領域を知ることになった。BRAHMANとかHAWAIIAN6とかPINKLOOPとか、主にロック系を中心として知る人ぞ知る(とはいっても界隈では有名な)音楽を知っていく喜びに目覚めたようなところがある。〇〇が好きな人に向いてるバンド、とか、〇〇のジャンルで質の高いバンドとか、携帯電話のインターネットで情報をあさっては、気になったバンドの音楽をTSUTAYAで借りる無限ループだ。ここまでくると、ほんのわずかな回数しか聴かないままの音楽も多数出てきてしまうが、数当たらないと掘り出し物には出会えないの精神でひたすら借りてはコピーし、聞き続けたのであった。

 あとは某地域独自で放送されていた音楽番組が、インディーズや比較的マイナーなメジャーバンドなどにスポットを当てる非常に優秀な番組で、そこで気になった音楽を試してみるという選択肢も生まれた。the pillowsとか相対性理論とか椿屋四重奏とか(syrup16gもそうだったか? 記憶があいまい)あの辺はこの番組で知ることができたバンドだった。とはいえその後番組は終了してしまい、当たり障りのない音楽ばかりがでてくる(謎の胡散臭い音楽評論家が表でなにかしゃべってる)番組に代わってしまい、見ることはなくなったが。

 もちろん、大学時代に仕入れたのはインディーズやマイナーアーティストのみであったわけではない。メジャーな売れ線の中で興味を持ったものも当然取り入れたし、あとは懐メロを本格的に集めなおしたりもした。村下孝蔵の音楽性や歌、ギターのクオリティの高さに驚きつつ、早く亡くなっていたことを残念に思ったり、ゴダイゴの音楽の世界観にハマったり、あるいは椎名林檎の音源をカップリング曲まですべてコンプリートしたりもした。どんなジャンルにおいてでもひたすら音楽を求めていった感があった。

 

 大学時代にはギターも始めた。何でそうなったかはさっぱり覚えていないが、同時期に始めた友達に誘われたのではないかと思う。教本は読まずに、その代わりにコード譜を毎月たくさん掲載するタイプの雑誌を購入しつつ、独学ですべてをこなしていった。弾きたい曲の中から、がんばれば弾けそうな曲をひたすら練習してレパートリーを増やすスタイルは正解だったと今でも思っている(もちろん最も基本的な基本は身に着ける必要はあるが)。バンドスコアに類する本もそれなりの冊数を購入していくことになった。

 最初は1万円もしないような「入門セット」のギターを使っていたが、慣れてくるともっと良いモノが欲しいと思い、バイトで貯めたお金で10万円弱の、某国産手作りメーカーのギターを購入することとなった。このとき、それより若干高めであるMartinのギター(の中でも最も安い類のものだが)も試奏し、そのきらびやかな音にも惹かれたが、当時弾いていた曲のタイプもあってGibson系のモデルである前者のギターを購入したのであった。後にMartinのギターもほしくなったものの、まだ手が出ていない。

 自分のスタンスとしては、原曲そのものは聞きこむが、いざ弾くときはその原曲らしさを感じさせつつも好きなリズムにアレンジしていく感じだと思う。また、演奏する曲にとってイメージの強いメロディを、可能な場合は追加で取り込んで鳴らすということを好んで行う。これはSNSでの反響でも思ったが、演奏というものは完璧であることよりも、それっぽさと勢いがあることのほうが良いインパクトを与えるものであると。もちろん繊細で完璧な音楽が良いものであることは言うまでもないが、同じ曲を手の込んだアルペジオと、通常のストロークの2パターンでアップしたら後者の方が評判がよかった、なんてこともあったりして、難易度の高さと相対的評価は一致するものではないのだな、と妙に感心した記憶がある。

 

 働き始めてからもギターや音楽から遠ざかることはなかった。特に当時はSNSが全盛期で、その内部のコミュニティで歌や演奏や弾き語りを披露する文化が盛んであったので、すぐさま私はそういった活動に興味を持ち、頻繁に弾き語りをアップしていった。

 そうした中で出会ったのがボカロ系の曲であった。コミュニティ内で極めて頻繁にアップされる曲であるのに全く知らない、あの曲たちは何だろう、から正体を知っていき、それらの音楽を取り入れていくことになる。コミュニティで流行の曲をたどるだけでも当時のブームについていくことはできたが、それに加えてニコニコ動画で良さそうな曲を漁るというタスクも、たまにではあるが行うようになった。

 ボカロ曲にすっかりハマった私は、気に入った音源を耳コピでコード譜化していく活動に入った。どうせやるなら弾き語りが良いと思ったのだ。そして私のアップする曲のレパートリーの中に、ボカロ曲の割合がなかなか大きなものになっていった。当時ボカロ曲を弾き語る人はごくわずかであったこともあり、それなりのアイデンティティを持って楽しく活動していた気がする。ファンのような人もちらほらついてある種の承認欲求も満たされる環境であったとは思う。とはいってもいわゆる「数友」に興味を持たないタイプであったので、ある程度興味を持てる相手に限定した、SNSにしては比較的狭めの交友関係ではあったが。
※今思えばこのボカロ曲のコード譜、現在のようなネットでのアマチュア活動が当たり前になるような状態であればお金になったのではないかと思うと若干残念ではある。世の中にコードが全く出回っていなかった時期だったから。

 その中でも特に仲良しの3人+私の4人組というグループができて、同じ曲をコラボでハモったり、メンバーがアップしたネタ動画をみんなで鑑賞して楽しんだり、すごく充実した日々を送った。数年たつうちにそれぞれの忙しさによりフェードアウトしてしまったが。

 あとは当時知り合った別の人間がきっかけで仕入れたサンホラなんかも、数年後に改めて聞き直したらなぜかハマったみたいな事例もあったりした。あの人は正直ものすごくクセの強い人間で、あの人のグループは業界の人たちのグループだったのかもしれないとも思ったが、当時の私にはネット上でリアルを前面に出すのはためらわれたのもあり、あまり深くかかわるまでは至らなかった。あと単純にまだまだリアルでは引っ込み思案の度が強かったともいう。

 

 仲良しグループが多忙になっていったあたりの時期から、私はちょうどアラド戦記に誘われて手を出し、そちらに割く時間が増えていった。今思えばそこでSNSをフェードアウトしたのは非常にもったいなかったが、当時は本当にのめりこんでいたためそれを顧みることもなかった。その後、仕事が生活に占めるボリュームもアップし、結果としてギターに触れる日はごくごくたまに、という年月が続き、今に至ったのであった。

 とはいえ改めて時々思うのが、やはり生活の中に音楽は必須のものであるのではないかと。昔ほどそれ1本に打ち込むことはできないだろうが、何かしら音楽という枠組みの中で何かできることがあれば良いなと再び思い直している。

 音楽に限らず、「やりきった」感のある活動を行っていきたい人生ってところがある。そしてそれは大抵の場合、1人の人間だけで成立するものではない。余程確定的な目標(〇〇大会に出る、プロになる、など)を持って行動するわけでもない限り、人間がきっかけを得るのは基本的に他の人間からなのである。そしてモチベーションというものは当然のことながら何か強力な理由がなければ、お遊びの範疇で終わってしまうものなのである。

 

 そう思うと、しばらく離れているうちにSNSが廃れてしまったのは個人的には非常に残念なところではあった。近年では音楽SNSなどというものも現れはしたものの、かつてのSNSと比べると非常に無機的であり、ある意味余計なものをそぎ落としてしまったかのような無駄のなさを持つ。しかし交流や創作なんてものは基本的に無駄から生まれるもので、そういう意味では敷居だけ低くなりその後が無機的である今のSNSというものにはどうしても物足りなさを禁じ得ないところは否めない。とはいえ今の人間自体がそういうムーブメントをデフォルトとしてしまっているというフシもあるので、時代の残酷さというべきなのかもしれない。

 ごく一部の人間を除くと、労働の社畜化がいかにも甚だしく、無駄なことを消化しているほどの時間や体力もなく、仕事以外の人生まで効率化されていなければならない風潮が非常に強く感じられる。私自身にもそういう傾向が強まったことは否めない。そういった風潮が顕著に反映された社会システムが主流になっていった、と考えることができる。とはいえ無駄な事をすべて排除した人間は非常につまらないものであり、視野も狭くなり、飛躍の場を得る可能性も大いに狭まってしまう。ただカネがほしいとかそういうことなら何もかも合理的、効率的に生きるのがベストかもしれないが、私が現実世界に「生かされいてる」代償として求めるのはそのようなものではないのである。何らかの「価値を生産する」ことをライフワークとし、その中で強烈な「やりきっている感」を持って生きていきたいのである。

 これに関しては別に音楽に限った話ではないし、さらにいえば活動の種類は1つである必要すらない。やりたいことを全部やれば良いみたいなところがある。とはいえ色々な「やりたいこと」をやり続けてきた結果、1人で行うということの限界を感じつつある。そんな感じで、いろんなことをやり続けながらも(このブログだってそうである)、何らかの「面白い事」が起きるきっかけを求めるような日々が続いている今日この頃なのであった。

 

 音楽というものは祭祀的な(神降ろしっぽいような)役割を担ってきたように、人間の変性意識(トランス)を生み出しやすい媒体だと思う。変性意識を形成しやすい臨場感という意味では映画もなかなかのものだが、自分が自分のままでありつつ、薬物等の強制的な影響も受けずにトランス状態に入ることができるという意味では、音楽に勝るものはそうそうないのではないだろうか。そういうところが音楽の不可欠性というか中毒性のようなものにつながっているともいえるかもしれない。

 良質な音楽に出会ったとき、優れた歌声や演奏を耳にしたときなど、いわゆる「鳥肌が立つ」ことも多々ある。そういうものがエスカレートしたとき、聴き手にとってその音楽の世界こそが「主観的現実」となる。それが臨場感であり、変性意識なのである。などと余計なことを考えてしまうが、そんなことはどうでも良いから音楽は楽しいし気持ち良い、ただそれを享受したい、それだけで良いというのがまあ間違いのこと。


オマケ
 下の2曲はメイプルストーリー2における「作曲機能」のおかげで発生した作曲ブームに乗った時の曲。音楽SNS投稿用のものであるため、1分30秒に収めるためにテンポが速くなっていたりして、ある意味β版のようなものではあります。この2曲を含めたメドレーをメイプル2で実際にアップしたものがその下の記事にあります。(これ以降続かなかったのがまさに、メイプル2という媒体が廃れて「きっかけ」を失ったからなのであった)

nana-music.com

 

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オリジナル曲+αメドレー

 

 以下は同SNSにコラボ可音源として投稿したギター伴奏を適当にセレクト。スマホアプリであるため録音をスマホで行っており、PCで聴いた時の音はどうしてもチープになってしまうところはあります。

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