投稿日 2022年2月11日 最終更新日 2022年2月20日
フレンドとの会議チャットログの中から抜粋しました。
そういえば地味に疑問なんだけど
戦国時代って結局どこからなんだろう。
建前上は応仁の乱が分かれ目だけどね。
その辺りの時代区分で割と誤解されてそうなのが、
室町時代って平和だったタイミングがほぼほぼないってところはあるんだよね。
だよねえ。源平合戦からとは言わないけど、
南北朝とかもう戦国じゃないのかなとか。
じゃあ何がどうなったら戦国時代なのかっていうと、
要は守護大名が下位の者に実権を奪われはじめたこと(いわゆる下克上)
が明確なトリガーとして扱われてると思う。
これは中国の春秋時代と戦国時代の違いなんかでもそうだけど
権力機構のありかたの変化が時代区分の基準になるってことはよくある。
乱世だから戦国っていう簡単なお話じゃないんだよね。
それに室町の前期中期の争乱は何だかんだ、
コップの中の嵐のようなところはあったかもな。
なるほどねえ。
鎌倉公方 vs 幕府 とか、
関東管領の地位争いとか、
守護大名同士の領地争いとかそういうのだから。
ある意味、貴族同士でレイピア持ってフェンシングしてたら、
なんか大剣持って殴りこんできた部外者がいたみたいな
そういうところが戦国時代って感じかも?
なるほどね。
とりあえず俺には今一つ戦国がピンと来てないのよね。
例えば上洛っていう行為。
戦国時代だとなかなかできるものじゃなかったけど、
室町時代の有力守護大名はそもそも京にいるのが
ごく当たり前のことだったからね。
何か国も領有する守護はそれぞれの領地が離れてたりしたし。
応仁の乱以降も例えば大内義興が副将軍みたいなことをやってたけど、
隣国の守護代出身の尼子が暴れ出して、領国が危なくなって帰国したわけ。
こういう政情不安こそ戦国ならではってところはあるかも。
※大内義興:周防、長門、豊前、筑前、石見(山口県や福岡県北部)などの守護を兼ねた戦国大名。管領代として幕府の実権を握り、遣明船貿易の権利を細川氏と争って独占するまでに至った。その後、領国を留守にしている間に尼子氏の台頭などで領国が不安定となって帰国。尼子氏との戦いの最中に病となり、没した。
なるほど。
でも室町中期に反乱を起こした足利成氏とか長尾景春とか、
しっかり生き延びたの面白いよね。
奸雄らしさがあって割と好き。
※足利成氏:室町時代の武将で初代古河公方。父は鎌倉公方だった持氏。父を敗死させた上杉憲実・憲忠父子を憎んで憲忠を殺害。幕府は成氏追討を命じた結果、関東を二分する戦乱が勃発した(享徳の乱)。初期は優勢だったが今川氏の参戦により鎌倉を失い、その後は一進一退。さらには長尾景春の乱により関東はさらに乱れて収拾がつかなくなったが、最終的に成氏と幕府との和睦が成立した。
※長尾景春:関東管領・山内上杉氏の家宰であった景信の子。父の死により家督を継ぐが、上杉氏の家宰の地位を与えられなかったことに不満を抱き挙兵する。当初は優勢で反乱は成功するかに見えたが、扇谷上杉家(関東管領候補のもう1つの家柄)の家宰で名将の誉れ高い太田道灌の参戦によって敗れる(長尾景春の乱)。なおこの反乱の目的は家宰への就任が目的ではなく、上杉氏にとってかわろうとした下克上であるともいわれている。その後もたびたび挙兵を行うが、復権はかなわなかった。
わかる。
応仁の乱も従来は将軍家の家督争いが主要な原因として語られていたけど、
実際は乱が勃発した後から浮上した対立構造だっていわれてるね。
まあそもそもの発端が、追放されていた畠山義就が帰ってきた結果
畠山政長との小競り合いが始まったのがきっかけだから、ほんと私闘なんだよね。
三管領の一家・畠山家の家督争いに幕府が収拾付けられなかったのが直接の原因。
もちろん他にもさまざまな対立構造が要因としてはあったわけだけど。
それがあんな大事になったわけで。
この辺、どちらを家督として認めるかが幕府でもブレてたから、
義政さんも責任逃れできないけど。
対立の構図が複雑すぎて収拾つかないよね。
敵の敵は味方、っていう組み合わせを重ねていったわけだし。
将軍候補すら途中で東軍と西軍逆になったりしてるしでめちゃくちゃ。
細川勝元と山名宗全も元から仲悪かったわけじゃなくて、
赤松や畠山の扱いが絡んで対立したみたいだしね。
そもそも勝元は宗全の娘婿だったし。
細川:将軍、赤松の遺児めっちゃ有能だから使ってみて。
山名:は?なに勝手に敵の遺児を養ってんの?
って感じで。山名は赤松を滅ぼしてその旧領を手に入れた口だから
戻ってこられたら困るんだよね。
赤松の復帰が、信長の野望で山名が弱小に陥ってる原因の1つといえるし。
そらまあ面倒なことになるわな。
あと、乱が終わらなかった原因に
上の人たちが関係ないのがヤバい。
なるほどなあ。
細川も山名も、もういい、やめろやめろってなって
山名とか「もうしんどいマジ無理腹切ろ」
ってところまでいったからね・・・。
流石に止められて、ちょっとあとに病死したけど。
それであそこからずるずる続いてんのね。
当事者以外が好き放題やりすぎて
収拾がつかなくなったタイプだね。
まあ畠山だけはガチだけど。息子の代までやりあってる。
畠山義就は当時最強クラスの猛将みたいな評価があって
かと思ったら敵の政長の息子の尚順がこれまた猛将だったりして
変遷が面白い。
厄介な話ですなあ。
もう1つの三管領家・斯波氏の場合は守護代の朝倉氏が勢力を伸ばして
当主すげかえとかやっちゃうくらい力付けたから
最終的にそれに対抗しようとした主家が死んだけど。
※ちなみに尾張守護も元は斯波氏で、その守護代だった織田氏の
家来筋から現れたのが織田信長だったりします。
朝倉かあ。
畠山にしても、信長の野望の時代ではもう
遊佐とか木沢とかに好き放題やられてたけど、
ちょっと前までは最強クラスの大名だったんだよね。
てか面白いの、守護大名系の一族って
本流でも傍流でも同じ苗字の重臣がいることが多い。
河内畠山には遊佐長教とかいるし、能登畠山にも遊佐続光とかいるじゃん。
うん。
もうなんか固定されてるよね。執事みたいなノリで。
執事みたいなノリっての
言われてなんかこう、ははーんってなった。
家宰みたいな立ち位置だったのかもしれないね。
他でも苗字同じ大名に、苗字同じ重臣がいるの
ちらほらあるんだよね。
分かりやすい例でいうと上杉と長尾だってそうじゃん。
関東管領と越後守護、どちらもナンバー2は長尾だからね。
まあこっちは養子のやり取りしてるのもわかってるし。
ああ。言われてみれば。
今回の話題に関わる面白い本をいくつか紹介しておきます。いずれも比較的ディープな内容かつ、学術研究に基づいた内容で述べられているのが魅力的です。
▲途中で話題にした足利成氏や長尾景春の乱について詳しく解説されています。その後の戦国時代の上杉家、北条家、今川家の活躍につながる出来事などを知ることができるので、戦国ファンにとっても面白いかも?
▲応仁の乱以降、戦国時代の畿内(近畿地方)についての歴史を知るのにお手頃な書籍です。一時期は天下人とも言われた三好長慶など、信長の野望ファンにおなじみの武将たちも登場します。Kindle unlimitedの読み放題に含まれているので、登録している人は無料で読むことができます。
▲戦国時代、関東における覇権を争った北条氏や上杉氏を中心とする戦乱について述べた著作。上杉謙信の死後、上杉不在で繰り広げられる関東情勢も極めて興味深いです。